酔いどれ

戯言

祖父

先日、祖父が亡くなる夢を見ました。

 

亡くなった後、色んな時代の祖父が私たちの目の前にホログラムとなって現れて、走馬灯をこちらに見せてくるスタイルの死に方をする面白ジジイと化していました。なんなんだ。

 

縁起でもない夢なのですが、祖父とのお別れの時は少しずつ近付いているんだということも薄らわかっています。

 

祖父は決して現代の物差しで測った場合褒められる人間ではありません。Twitterで袋叩きにされているような、古い考えを持った漢でした。ぼくは祖父のそういう側面は正直苦手だったので、女がこうするべきと男はこうするべきという祖父の持論の展開を聞かなかったことにして、普通に食事の準備を手伝うなどをしていました(反抗期の時期を除く)。

 

ですが、ぼくは一方で祖父のことが大好きです。どんなに考えが古かろうと、頑固であろうと、その根底にある祖父の思いを考えるとどうも、邪険に扱ったり悪口を叩いたりすることは出来ないのです。軽口は叩くけれども、祖父のことは、恐らく孫たちの中で一番大好きなんだろうなという自信があります(次姉に匹敵するんじゃないだろうか)。

 

そんな祖父ですが5年ほど前から死ぬ死ぬ詐欺を展開しています(これは軽口)。当時大学受験に失敗して浪人していた私の目の前で、突如身辺整理を始めたのです。

これにはビビった。本当に、祖父が急にいなくなってしまうのではという不安にかられ、真夏の夜に1人で泣きました。普通にその後もピンピンしていたからぼくのあの時の涙を返して欲しいあのクソジジイ。

こんな感じで軽口は飛びますが、流石の祖父も私の母と叔母という二人の娘を立て続けに亡くし、堪えたのか、先日帰省した際にはもう私のことも分からなくなっていました。

悲しいなあ……もう祖父は私にあれこれ教え諭したことを忘れてしまったのでしょうか。小学校入学前に、墨をすってぼくにぼくの名前を書かせたり(幼稚園児がすったので死ぬほど色が薄かった)、相撲をとって負けるマネをしてみたり、温泉で溺れたぼくを救って、じゃあ次はじいやん(我が家では祖父母のことをじいやん、ばあやんと呼んでいた)が溺れてみるから助けなさいと抜かしてみたり、何もせず呆然としていたら本気で怒られたり、ぼくがトイレの時計を勝手に弄るものだからトイレの時計の人格になりすまして勝手にいじらないでと手紙を書いてぼくを泣かせたり……。

 

別れの時が刻一刻と近付いてきていて、それの覚悟もしているつもりですが、多分葬式では誰よりも軽口を叩き誰よりも泣くんだと思います。

 

祖父母は基本的な礼儀、マナーとかではなく礼儀も教えてくれました。元が厳しい人達なので私も骨の髄まで挨拶を叩き込まれていますが、私は祖父の法事でも取り乱さず、最後の挨拶も言えるでしょうか。言えるといいな。

 

まだ死んでないけど。すごい死んだ風なブログ書いとるけど。死ぬ死ぬ詐欺が本当に詐欺だったらな、と思っています。早めに帰省して会いに行っちゃうか!